Hey,Joy! Hold on me?

いろいろすきな女子高生です

ドルヲタ空想小説「理性と犠牲」

 

この話はフィクションであり空想です。実際とは異なる場合があります。

 

 

 

日差しが照りつける、夏のショッピングモール。私は今日もここにいる。今年の7月から8月は酷暑で、ずっと日傘と日焼け止めが手放せない。いや、日傘は手放してる。ペンライトを持つために。

 


私と雛夏ちゃんが好きなアイドルは6人組で、今年の夏の終わりにNEWシングルを出す。7月の初めからずっと今まで、週5くらいのペースでショッピングモールのリリースイベントをしていた。まだ、あと2週間は残るリリースイベント、ここからの1週間は発売日前ラスト1週間で、向こうは一層CDを売ろうと気合が入っているみたいだった。朝から整理番号のために並んで、同じようなセットリストを聞いて、わたしは何も考えずに京くんの名前を叫ぶ。CDを購入して、もうネタ切れなのに必死に捻り出したポーズで何枚かツーショット写真を撮って、クリスピードーナツやら、スターバックスやらで雛夏ちゃんとボケーッと話をしたらバイトへ行く。そんな夏休みを送っている。

 


ライブが終わり、ツーショットも撮り終わった私は、少し遠くからステージを眺められるところに座った。遠目で見ても京くんが他のオタクに笑っているのがわかる。

 

京くんのレーンは1回きりの若い子が多くって、そういう子たちが鍵閉めを狙っている。だから私が全ての写真を撮り終わったくらいが一番の盛況になってしまう。

 

 


雛夏ちゃんが好きな凌成くんのレーンにはもう二人しか残っていなかった。雛夏ちゃんと、マナさんというオタクだ。

 

マナさんはいつも黒い服を着て、シャネルかヴィトンのバッグを持っている、単独行動のヲタクだった。年齢はたぶん25そこらで、何をしているのかすらよくわからないけど、睫毛が長くて美人だ。

 

雛夏ちゃんとマナさんはステージを降りてまた登って、写真を撮ってまた登って、ずっとグルグルと凌成くんの周りを回っている。雛夏ちゃんが凌成くんに手を振ると、私の方に向かって歩き始めた。

 

マナさんが、まとめ出しで。と言うと5回シャッター音が鳴る。あの少し可愛い顔をした男スタッフが、三田凌成ツーショットもうすぐで締め切りますと叫び始めた。

 


「雛夏ちゃん今日、何枚?」
「んー、15回かなあ。だからまあ、30?」

「そっか。もうすぐ、あれじゃん。凌成くんの誕生日」

「もう発売後だからCD持って帰んのめんどくさいなあ、キャリーかな」

「どんだけ買うつもりなの?」とわたしは少し笑った。

 

雛夏ちゃんが真面目な顔で

「その日は、勝たなきゃ」と呟いたのをわたしは聞こえなかったふりをした。

 

________

 

凌成くんの誕生日になった。わたしは発売日に大量に届いたCDのせいで親に咎められながらも、また電車に乗ってたぶん京くんのことを好きじゃなかったら行かなかったようなショッピングモールに向かった。

 

雛夏ちゃんと会場で合流すると重そうにキャリーバッグを引いていた。その中身、全部CD?と聞くと雛夏ちゃんは静かに頷いた。

 

ライブの整理番号はかなりいい方で、最前上手に座ることが出来た。基本的に凌成くんも京くんも上手側なので、わたしたちはいつも上手にいる。

 

「みなさんも気になっていると思います!オリコンデイリーの順位!」

そう京くんが叫ぶと、スタッフが巻物を渡した。一番背の高い比嘉くんが巻物を持って、端の方を掴んだ。するすると紙が落ちていく。

 

「僕ら、オリコンデイリー3位を頂くことが出来ました!ありがとうございます!!」

 

みんながペンライトを降って各々おめでとうー!と声を上げている。

 

「それでは最後の曲です!聞いてください!オリコンデイリーランキング3位を頂きました!新曲___」

 

今年何度も聞いた新曲。同じコール。同じ振付。京くんのソロパートが段々上手くなるのをずっと聞いてきた。京くんの伸びやかになった声が好き。ずっと、ここで聞いていたい。

 

「ありがとうございました!このあとハイタッチ会とツーショット会行います!初めての方でも気軽に来てください!」

 

そう京くんが言うと、メンバーがはけていった。ハイタッチ会用の机がステージに持ってこられるのを見ながら、その後のツーショット会に参加する私はその様子を眺めていた。

 

 

 

あのさ、と雛夏ちゃんが喋り始めた。

「クラスの子がさ。K-POPとかにハマってて、めっちゃ進めてくんの。なんかさ。『歌もダンスも上手くて、めっちゃかっこいい。そんなショッピングモールにいるアイドルより全然いい』って」

 

「あーいるよねー」

 

「でもわたしさ、別に歌とかダンスが上手いのって関係ないんだよね。歌とかダンス上手いってなってもあ、すごいなあーみたいな。歌上手い!かっこいい!ライブ行こ!とはならないじゃんか別に。」

 

「まあ、わかるかもね」

私は適当に相槌を返した。私は、次に言いたいことがわかった。

 

 

「凌成くんが好きなんだよ。凌成くんが歌上手かったらめっちゃ好き!ってCD買っちゃうし、凌成くんがダンス上手かったらめっちゃ好き!ってCD買っちゃう。凌成くんのいいところなら全部好き。それだけなのに、みんな条件で人を好きになってるみたいだなって思っちゃった。どこが好きとか何が好きとかじゃなくて理性とか全部ぶん投げて全部好きなんだよ。理由なんて後から付いてきてるだけだよ」

 

ほぼ、息継ぎなしだった。雛夏ちゃんが凌成くんを好きになったのは完全に一目惚れだったらしい。見た目と声を聞いた瞬間身体中に運命を感じたと話していたのを覚えている。

 

 

別に人を条件で好きになるのは悪くない。普通だし。でも雛夏ちゃんはそういう人できっと、それが雛夏ちゃんの中の本当で本気の恋なんだと思った。

 

 

そんなことを話しているうちにハイタッチが終わった。ツーショット会の準備が始まる。

「行く」そう言うと雛夏ちゃんは手に持った束から1枚券を引き抜いた。

 

________

 

リリイベ終わりのスターバックス、私と雛夏ちゃんはキャラメルフラペチーノを飲みながらボーッと窓の外を眺めていた。

 

「わたし、勝てないってわかってるからさあ。地球が終わっちゃえばいいって思ったんだよね。うん。」

「何それ、どういうこと?」

「地球が終わっちゃってさ。奇跡的にわたしと凌成くんだけ助かって、あはは、終わっちゃったねー。わたしたちも死んじゃうのかなー。とか言いながらボロボロになったラゾーナ川崎とかで、想い出話とかしたい」
そう言って雛夏ちゃんは力なく笑った。

 

 

誕生日という理由で、長かった凌成くんのレーンも最後にはマナさんと雛夏ちゃんだけになった。2人だけになって何十分も回っていたけれど、雛夏ちゃんが凌成くんに手を振って、降りてきた。後ろでシャッター音が3回鳴った。

 

 

フラペチーノを飲み終わったら、私は雛夏ちゃんと別れた。

 

一体、雛夏ちゃんは何枚買ったんだろう。私が知ってる限りで500枚は余裕で超えていると思う。そのお金はどこから出ているんだろう。怖かった。雛夏ちゃんは凌成くんのために、どれだけのことを犠牲にするんだろう。

 

 

 

 

 それだけ犠牲にしても勝てない雛夏ちゃんを私は、ただ、惨めで可哀想だと思った。