Hey,Joy! Hold on me?

いろいろすきな女子高生です

俳優厨空想小説「春夏秋冬」

(この話は完全なるフィクション、妄想です。当方若手俳優厨ではないので、事実や現実とは異なることが多く登場する可能性があります)

 

 

四季くんが引退を発表したのは、もう半年前のことになる。発表された時、わたしはあみちゃんと一緒にサイゼリアでシナモンフォッカチオを食べながら同厨の殺し方について必死に話し合っていた。何故こんなことを話し合っていたかというと、その日はあみちゃんの推しの舞台に付き合った帰りで、会場であみちゃんが遠巻きに同厨から悪口を言われたからだ。

 

 

結局、その日は奥瀬四季引退のニュースに持っていかれ、同厨の殺害方法についての結論は出なかった。四季くんのブログには、家庭の事情で青森にある実家の農家を継ぐこと、舞台に出ること、その舞台が最後の舞台になること、そして3冊目の写真集を出して、その発売記念イベントが最後に奥瀬四季に会えるチャンスだということが書かれていた。

 

 

 

舞台俳優の奥瀬四季は割と呆気なく死んだ。比喩表現ではなく、舞台の中盤で呆気なく死んでしまう役どころだった。つまり、後半はほぼ出てこない。大して面白くない舞台だったので、いつもだったら観劇鬱になっているところだったけれど、もうそういうことも思わなくなっていた。

 

舞台の後半はただ、ボーッと端っこを見て四季くんとのことを思い出していた。4年前、四季くんに一目惚れした時のこと。アイドル系2.5次元舞台をやっていた時、喧嘩したこと。あの時は鹿児島まで行ったのに、ありえないくらい干されてあみちゃんに泣きついたのを覚えている。あれだけ干されたのに、懲りずにヴィヴィアンのピアスとシャツを渡したら、次の大阪公演では仲直り出来た。

本人は全然無理しないでと言うけど、ブランド品をあげると機嫌が良くなるようなヤツだった。そのせいでプレゼントをあげることがヲタク同士のマウントに繋がって、わたしは金を作るために刑法に触れない程度でいろいろなことをした。おかげでいろいろな生活や未来を失った。

 

 

千秋楽のカーテンコール、四季くんは周りのキャストからお疲れ様と声をかけられていた。今までありがとうございました。と頭を下げている四季くん。その日はずっと最前列にいるわたしのことは一度も見ずに、逆サイド2列目にいる同厨に目線を送っていた。おいおい、その女はベジタリアンなのか?とただひたすらに思った。

 

 

 

やっぱり出待ちは奥瀬厨だらけで、いつもいるヲタクから誰だよお前みたいなヲタク、そしてあのベジタリアンのヲタクももちろん居た。普通にファミチキを食べていた。

 

 

 

「夏生」

「お疲れ様」

何故か四季くんの方から声をかけてくれた。四季くんはあのヴィヴィアンのピアスを付けていて、少し笑みが零れた。

「舞台終わっちゃった。かっこよかった?」

「めちゃくちゃかっこよかったに決まってるじゃん。はいこれ。最後だよ」

みんなは推しに最後のプレゼントとして何をあげるだろう。わたしが選んだのは30万のGUCCIの時計だった。時計の中でもめちゃくちゃ高級ってわけではないけど、使ったらどうせ泥まみれになるかもしれないと思うとこれでいいか、とも思った。四季くんは、ん。とだけ返して時計の入った袋を腕にさげた。

 

「プレゼントとかいつもありがとうございました」

「農家になったらこんなたくさんブランド品も貰えないよ。」

「あーそっか。俳優って面白いね」

GUCCIの鍬とかないのかな。見つけたら青森まで送ってあげます」

「はは、そだね。助かるわ。ね、夏生。東京にいるうちにやっておいた方がいいこと何?オススメ教えてよ」

「タピオカ巡りでもしたら」

「おっけ。俺タピオカ飲んだことないし飲もーっと。写真集イベも来るよね?」

「もちろんだよ」

 

 

ん、じゃあね、と四季くんは手を振ってわたしから離れた。わたしも手を振り返す。イケメンだなあと思った、ただ普通に。

わたしから離れたあと、ベジタリアンファミチキ)のヲタクに凸られていて、全く同じ質問をしていた。そのヲタクはねぎしでも行って牛タンでも食べたらどーですか、と返していた。

 

 

写真集イベントの日が来た。この日のために大量の写真集を購入している。ざっくり考えて200冊くらいの写真集を購入した。1冊4000円で、ハイタ3冊、握手4冊、ツーショ5冊という最後に一稼ぎしようという事務所の魂胆が見え透いた金額設定に在宅同厨はかなり怒っていたけれど、わたしはもう怒りなどはなかった。構成としてはトークショー→ハイタ→ツーショ→握手→最後にご挨拶という形だ。最後。全部が最後。今日以降四季くんに会うためには本格的なストーキングを行う必要がある。

 

整理番号順に呼ばれ、トークショーの座席につく。わたしはよく座ることの多かった中央上手寄りに座った。ボーッとしていると、四季くんが出てきて、たくさんのことを話してくれた。ほとんどが知ってると言われたら知ってるんだけれど、その全てが最後ということを乗せて新鮮に聞こえてくる。喧嘩した2.5次元舞台の歌も歌ってくれたし、チラチラとわたしの方を見てくれた。GUCCI、ヒットしたかな。よかった。

 

 

トークショーは終わり、ハイタッチ会の準備に移り始めた。3冊券は持っていなかったので、来てくれたあみちゃんとずっと話していた。あみちゃんはずっと農家にするには勿体ない顔面だ、だとか、メロンくらいの甘さの人参が作れそうな顔、だとか、四季くんのことを褒めていた。よく四季くんの喋り方も演技も好きではないけど、顔だけはいいから憎めない男だね、と話していた。もっとも、わたしは全部好きだから共感は出来なかった。

 

 

気付いたらハイタッチ会が終わっていた。ツーショ会の準備が行われる中、恐らくハイタッチしか行かない女子高生が泣きじゃくっていた。わたしも何時間後にはあれになるのだろうか。ツーショ会が始まった。歪なハートを作ったり、キメ顔をしてもらったり、喜怒哀楽を表現することを要求した。四季くんのどの表情も表現も好きだからとにかく四季くんの表情を収めたかった。

 

そこまで券を所有していなかったので、あっという間に時間は過ぎた。握手会の準備は割と早急に行われた。持っている全ての4冊券を見せると、まず、1枚のみ持っている方、とアナウンスが入り、まとめ出しを促された。

どれくらい時間が経っただろう。3分以上のまとめ出しは、椅子が用意され始めた。前のヲタクが泣きながら去るのを見てから、わたしは券を全てスタッフに渡した。電卓を売って計算する。「6分です」とスタッフが叫ぶ。

 

 

 

「夏生、これで纏まって話すのも最後だね」

「そうだね」

「あ、タピオカ飲んだ」

「どうだった?」

「なんかね、もきゅもきゅしてた」

「そうだろうね、そりゃ」

「まあ、うまかった」

「よかったよ、牛タンも食べた?」

「別に仙台出たら本場の食えるし、いいかなって思った」

「そっか」

 

他愛もない話を続けていたけど、わたしは少し息を吸った。

 

「四季くん聞いて」

 

四季くんは覗き込むようにしてわたしを見つめた。

 

「わたし四季くんのこと好きだった」

「知ってるよ」

「四季くんが好きだから何万もする服買ってた」

「無理しないでって何回も言ったのにね」

「四季くんが好きだから、何回も同じ舞台も見たし、四季くんが好きだからわたし、何枚も手紙書いたんだよ」

「うん。知ってる。わかってる。いつもありがとう」

「わたし、四季くんが好きだから生きてたの。四季くんがいなかったらわたし、夏以外死んじゃう」

「これから夏だからしばらくは大丈夫じゃない?」

四季くんは困ったように笑った。

「俺がいなくても夏生は生きてるよ。きっと、俺よりもいい人を見つけて、生きてるよ」

「なんか別れ話してるカップルみたい」

わたしが笑った。すると四季くんもつられて笑った。

「ねえ、夏生」

「なに」

「俺、夏生のこと嫌いじゃなかったよ」

「プレゼント貰えるから?」

「違うって」

「じゃあなんで」

「んー、俺はね、俺のこと好きって言ってくれる人嫌いになれないもん」

「優しいもんね、四季くん」

「そりゃさ、法に触れるレベルのことされたら困るよ。でも別に夏生のせいでめちゃくちゃ困ることなかったなあ。」

「でも四季くんは、わたしのこと好きじゃないよね。別に嫌う理由もないけど、めちゃくちゃ好く理由もないじゃん」

 

___お時間残り一分です

 

「いや、まあ…。でも、夏生が俺のこと好きなことよりかは、大分と少ないかもしれないね」

「それでいいよ、四季くんは。嫌いじゃないなら、それでいい」

「夏生はさ、俺のこと好きになって幸せだったの?俺の芝居を見て、俺にプレゼント渡したりして、幸せだったの?」

「そりゃ嫌なこともあったし、というか、嫌なことが多かったけど。四季くんを見るとね、今までの人生どんな嫌なことがあっても死ななかったのは、これを見るためだったんだって思えた。四季くんの存在が、わたしの人生全てを肯定してくれてたよ」

「それは、よかった。」

_____お時間です

「今まで本当にありがとうございました」

「夏生、俺これからも夏生の知らないところで頑張るからさ、幸せに生きてください」

「本当優しいんだね。わたしなんかの幸せ願わなくていいんだよ!今まで本当にごめんなさい。四季くんこそ、幸せに生きてください」

 

わたしが降りると、ズラっとヲタク達が並んでいた。そっか、最後の挨拶待ちか。案外すぐに四季くんは出てきて、マイクを口元にやった。

 

ありきたりと言えばありきたりの、俳優からのファンへの感謝を四季くんは語っていた。わたしはファンで、四季くんは俳優。そういう当たり前のことを、最後の最後でわたしは強く確認した。

 

「本当に今までありがとうございました。」

頭を下げて、四季くんは涙を流していた。顔を上げると、わたしの方をチラッと見て少し、笑った気がした。